毎日食べているお米、でも私を含め、米が実際どうやって育っていくかを知りません。
   現在では、米が育つ過程を分っている人は、きっと少ないんでしょうね。
   米を育てていく過程を知ると、きっと食べ物に対する感謝の気持ちも変ってくる事でしょう。
   今年1年近所の田圃を観察し米が育っていく過程を紹介します。

さあ、田圃の観察の始まり始まり〜

兵庫県川西市のある田圃の様子を観察してみる事にしました。田圃は一年掛けていったいどうなるのでしょうか?

1月の様子

2002.1.25 田圃は刈り取った秋のまま

田圃の片隅で玉葱・白菜・キャベツなどを作っている
1月(正月・睦月)の田圃と暦 (「くぼたのたんぼ」より引用させて頂いております)
1日 元旦   元旦は一年の始まりの旦(あさ)のことです。昔から一家の主人や主婦が身を清めて正装し、
         四方の神々を拝んでから、井戸や泉に行って若水を汲みます。若水はまず年棚(としだな)に供え、
         それから仏さまに供え、そして雑煮を作ります。これが元旦の仕事始めでした。
         めでたいという言葉は、芽出度い=芽が出る、がもともとの意味だといわれています。
         年賀を祝うために、大晦日から元旦にかけて家族や親戚が集まり、一緒に先祖の霊魂を祭りました。
         来る年も五穀豊穣(ごこくほうじょう)であるようにと祈ります。
2日 鍬始め  鍬始め、縄の綯(な)い初め、書き初め、縫い初めなどが行われます。
3日 元始祭  この日は心落ち着いて祝宴を張る日とされています。1日、2日はさまざまな行事で忙しいので、
         この日はゆっくりと宴会をするのが本来あるべき正しい姿なわけです。
7日 七日正月 朝食に7種類の野菜を入れた粥や雑炊を食べる習わしが全国各地にあります。
          村で火祭りをして、一年の平和を祈願して鬼を追い払います。
10日頃 初場所・初芝居
         相撲は、力を競いながら五穀豊穰を占う行事として、弥生時代の昔から神に捧げた祭りでした。
         農業を基礎としていた日本の国技となり、相撲道場を国技館と呼ぶようになりました。
         初相撲が1月10日前後の日曜日を初日に始まり、初場所が終わると新年の挨拶が行われます。
11日 鏡開き、鍬始め(くわはじめ)
         鋤始め(すきはじめ)、墾り初め(ほりぞめ)、田打初め、田打ち正月などさまざまに呼ばれます。
         農作業にとって最も大切な仕事始めの儀式で、多くの地方で11日(または2日か3日)に行われます。
         鏡餅をおろしてぜんざいやおしるこの中に入れて食べます。
          家の主が鍬を持って田んぼに出て、松を立てて田の神を迎えます。
         そして鏡餅と神酒(みき)を供えます。それから、その年のおめでたい方角に向かって「ひと鍬千石、
         ふた鍬万石、三鍬数知れず」「クロトリが巣をかけますよう」などとさまざまに唱えて鍬を打ちます。
         最後に種下ろしの意味でお米を播きます。以上が標準的ですが、地方によってさまざまな儀式が
         残されています。
15日 小正月 
         小正月の行事は、各地にさまざまなものが残っていますが、次の3つに分類できます。
  • 豊作祈願/一年間の農作業が順調に進んで、秋には豊作となるように祈ります。田植えの真似をして豊作を祈る東北地方の庭田植えでは、庭の雪に籾(もみ)がらをまき、松葉などを苗に見立てて田植えの動作をします。
  • 吉凶占い/うるち米に小豆を混ぜて炊いた粥に餅を入れた小豆粥(あずきがゆ)を食べます。これを食べると、一年間病気や災難から守られるという信仰がありました。また、粥の炊き上がり方や、竹筒に入ったお米の数などによって、その年の農作物の出来ぐあいを占いました。
  • 邪気祓い(じゃきはらい)/村びとが共同して氏神様の境内などで稲わらを積み上げて大きなたき火をし、お正月に飾った門松や注連縄、正月の書き初めなどを家から持ち寄って焼く火祭りの行事です。お正月様が空にお帰りになるのを見送ります。これをトンド焼きといいます。トンドの火で焼いた餅を食べると病気をしない、トンドの燃えさしの木切れを家の周りに刺しておくと虫よけになり火事にならないなど、さまざまな言い伝えが残っています。
     この日をもって神さまを祝う正月は終わり、人の正月へと移ります。
16日 大斎日(だいさいにち)
         先祖に供え物をしたり、墓参りをしたりしながら休養する日です。この日もゆっくりするのが正解なのです。
20日 二十日正月、恵比須講(えびすこう)
        村の神様である恵比須様に魚などを供えます。この日、恵比須様は働きに出ます。
        この日をもって、人の正月も終わります。

2月の様子

2002.02.11キャベツ(手前)とエンドウ(奥)を植えている

えんどう豆が大きく育ってきた

この日は雪も降ってきた。米の姿などまだ何処にも無い

田圃に降り積もった雪
2月(如月きさらぎ)の田圃と暦
2月は事始めの月と呼ばれています。正月は休んで、2月からは農作業を開始します。
3日 節分    「鬼は外、福は内」と元気よく唱えながら豆を撒いて鬼を追い払い、福を招き入れ、新しい春を迎える
          行事です。年越し、年とり、追儺(ついな)とも呼ばれています。
           寒の終わりで、鳥の餌になるように豆を撒くという説もあります。
8日 事始め   2月8日と12月8日を「事の日」「事八日」「八日節句」などといいます。2月8日の方を事始めというの
          は、2月が農作業の開始の月だからです。事という言葉は、もともとは神事・祭事を表していました。
9日 あえのこと、田の神送り
           「あえ」は饗応、「こと」は祭りを意味します。
           種もみ俵を据えて作った神座に田の神をご案内し、入浴していただいてからお膳を勧めます。
           お膳には小豆飯や魚などをつけ、ごちそうの品目を説明し、目に見えない神を接待して豊年を祈り、
           12月5日の田の神迎え以来、家にいらっしゃる田の神をお送りします。お膳をさげてから、
           家族一同で楽しく食事をします。
10日頃 亥の子祭り(いのこまつり)
           亥の日に行われます。この日は、田の神が田んぼにでるので、それを祝います。
           亥のししは多産の獣であるため、それにちなんで子供がたくさんできることと五穀豊穣(ごこくほうじょう)
           を祈ったという説もあります。亥の子や十日夜の供物には、餅やぼた餅が用いられます。
           大きな石に縄を結び付けて亥の子槌(いのこづち)を作り、子供たちが土地を叩く亥の子搗き
           (いのこづき)の行事が各地で行われます。
11日頃 初午祭(はつうままつり)
            2月の初めての午(うま)の日は全国の稲荷神社の大祭礼の日で、初午祭が行われます。
           農村では、春の耕作の初めに、田の神を山から里にお迎えするという意味もあります。
           稲荷神の正体は穀物の神で、稲荷(いなり)は稲生(いねなり)からきているという説もあります。
           むかし、稲の実った頃にキツネが山から降りてきて子ギツネを育てる姿を見た農民がおり、このこと
           からキツネを田の神の使いとみなすようになって、稲荷神社の神の使いがキツネになりました。
15日頃 草焼き   早春の無風状態の日に野焼き・田焼・土手(堤)焼・山焼などの草焼きが行われます。
           これは害虫駆除にもなり灰は肥料になります。山を焼くと、わらびやぜんまいが生え出てきます。
           有名な草焼きが奈良の若草山の山焼きです。

3月

2002.03.17田圃はそのままだけどビニールの中に苺が

2002.3.31苺の花が咲き出した
3月(弥生やよい)の田圃と暦
弥生(やよい)は、いやおいの略であって、水にひたした稲の実が芽を出して、いよいよ生い伸びる月という意味です。
1日 朔日(ついたち)  三月朔日(ついたち)に雷が鳴れば豊作の年になるといわれています。
3日 上巳の節句(じょうしのせっく)、ひな祭り
              桃の節句ともいいます。雛壇(ひなだん)を飾って女児の誕生、成長の無事を祝い、いつまでも
             幸福であるように祈ります。ひな祭りに欠かせないのが桃の花、あられ、白酒、菱餅(ひしもち)です。
             女の子が主役となって行うままごと遊びのような会食もまた、農耕の神様を迎えて行う、神と人と
             の共食の儀礼がルーツになっています。大切な会食ですから、男の子も招待してあげて盛大に行
             います。
15日 田打ち      田んぼにいる田の神に祝い言葉をのべながら、田んぼを叩きます。
             豊作の前祝いをする予祝儀礼(よしゅくぎれい)です。
16日頃 社日(しゃにち)
             春分・秋分にもっとも近い戊(いぬ)の日で、穀物の生育と収穫を祈ります。この日は山の神が田
             んぼに降りて、田の神となります。春の社日を春社、秋の社日を秋社と呼びます。春の社日に種
             を播き、秋の社日に稲刈りを行うのがよいとされ、農作業の目安となっていました。

4月・5月

2002.4.13苺の花が満開

2002.4.13 田圃はそのまんま

2002.04.29苺の実が成った

同左 えんどう豆もぎっしり出来ている

烏に荒らされないように防鳥網で覆われた苺

えんどう豆と玉葱が大きく育ってきた
4月(卯月うづき)の田圃と暦
卯月(うづき)とは植え月、つまり稲の種を植える月のことです。種を播き、稲を育て始める大切な月です。
8日 卯月八日(うづきようか)、花祭り、遠足
          「花見八日」「山慰み」「お山始め」などともいって、この日は遠足の起源である山遊びをします。
         きびしい稲作の仕事に入る前の春の一日を、野山や海辺で遊び、飲んだり食べたりしなければなりません。
         もちろん、田畑に出て仕事をしてはならず「卯月八日に種播かず」といわれます。山にでかける山遊びは、
         神様を迎えに行く風習でもあります。山に入って飲んだり食べたりすることはまた、神と人が一緒に食事を
         することです。

5月(皐月さつき)の田圃と暦
五月(さつき)は早苗月の略で、早苗(さなえ)を植える月のことです。
2日頃 八十八夜、水口祭り(みなくちまつり)
        立春の日から数えて88日目にあたります。八十八夜の別れ霜といって、以後霜害は少なくなり、農家では
        種播きの適期としていました。
         この日は水口祭りを行います。苗代の水口(水の入り口)に土盛りをして祭壇とし、清めの串を立てて、
        それに種もみの残りで作った焼米をのせる風習が全国で広く行われています。その焼米を鳥が早く食べる年
        は豊作だといわれています。また卯月八日の遠足で山に行って採ってきておいた花を飾るところもあります。
        種播きは、田植えよりも不安が大きいため、水口祭りは盛大なものだったと思われます。一粒万倍の日
        (いちりゅうまんばいのひ=この日に種を播くと大きな収穫があがるといわれています。)が選ばれたりします。
5日 端午の節句
        中国に古くからある五月の邪気祓いの行事と、日本の田植えに先立つ物忌み(食事や外出を控えて、心身を
        清める日)の行事とが結びついたものです。「端」は始めと言う意味で、端午は月初めの午(うし)の日です。
        菖蒲(しょうぶ)の節句ともいい、古くから邪気を除くために菖蒲を軒にさしたり、菖蒲の風呂に入ります。
        菖蒲の強い匂いが邪気を払ってくれます。柏餅を食べる習わしがあります。男児のいる家では鯉のぼりを立
        てたり、五月人形を飾って出世を祈ります。
6月

2002.6.9 6月に入り田植えが行われた


狭いながらも田植えが完了した水田

これが植えられた苗。これからが米が出来るまでの出発

2002.06.16 珍客来場 朝日を浴びてつがいのカルガモが羽を休めている

虫を食べているのか、水辺を漁るつがいのカルガモ

雲の狭間から太陽が望まれる。田圃の朝は早い

道路の側溝にある給水管。これが何と灌漑用。

道路の排水溝は、実は田圃への灌漑用の溝

ベニヤ板1枚で引き込む田圃の方向を替える

水上から左(写真奥)へ水が引き引き終わったところ。
排水の方向を調整して、水を引き終えた田圃
2002.06.16 この苗、早く大きくなれ

2002.06.30 全体に青々してきました

上記と同じ場所 苗がどんどん生長しています(6/30)
6月(水無月)の田圃と暦
田植え祭     植え初めの儀礼を行います。水口に早苗三把を植え、精米あるいは赤飯と酒などを供えるのが一般的
          です。清めの串を用いないで、早苗そのものを祭りの対象にしている例が多いのは、早苗そのものに
          稲魂が宿るとみていたことを示すものでしょう。サという言葉は田の神様を意味しているという柳田國男
          氏の説があります。サ苗、サ乙女という言葉もこれに関連しています。
           昼になると田の神と一緒にごちそうを食べ(神人共食)、夕方までに一軒分の田を植え終わるのが普
          通でした。田植えがすべて終わると、田の神を送るサノボリ、サナブリ、シロミテといわれる行事をします。
          成長した早苗を移植する田植えは、水さえあれば種播きほどの不安はありません。また、田植えは適期
          移植の忙しい集約労働であり、長い時間をかけての祭りではなくシンプルな儀礼にとどまったことと思わ
          れます。
宮ごもり      田植えの前日と翌日がその村の休日となり、お宮にこもって骨休めをします。
28日 虎が雨  この日は必ず雨が降ると言い伝えられています。鎌倉時代に曽我兄弟が、父のあだ討ちを成し遂げまし
          たが、兄が討ち死にしたため、兄と愛し合っていた虎御前という女性が悲しみの涙雨を降らすのだと伝え
          られています。虎が雨は、虎御前が流す涙です。旧暦の5月は田植えの時期ですから、その日に必ず雨
          が降ると信じた背景には、ぜひとも降ってほしいという人々の願いが隠されていたのでしょう。
30日=大祓(おおはらい)、夏越祓い(なごしはらい)
          昔は一年を稲作に合わせて、田んぼを耕し種を播く春と、収穫の秋を中心に2つに分けて考えていました。
          ですから、6月の晦日(みそかび)は12月の晦日に対応して、前半の最終日にあたっています。
          大晦日が新年を迎えるための大切な日であったのと同じように、6月晦日も前半のあいだの無事を神に
          感謝し、収穫までの後半年の無事を祈るための大切な日でした。物忌みの日(食事や外出を控えて、
          心身を清める日)でもあり、半年間たまった罪やけがれを祓う日と考えられていました。
          大祓は6月30日と12月31日に行います。茅(ちがや)で作った大きな輪をくぐって、この輪に罪けがれ
          をつけ、それを川や海に流します。また、川や海で泳いでもオーケーです。
          年によっては雨が降らない空梅雨の場合もあり、飲み水や稲作の水が不足します。水は命のもとでもあ
          り、災厄のもとでもありました。虫害、旱魃(かんばつ)、長雨、台風。6月の祭りはこうした生命の危機感
          を前提にした、切実なものだったと思われます。
          12月の大祓(おおはらい)を年越しと呼ぶのに対して6月は名越し、夏越し、神の気持ちを和らげる和し
          (なごし)と呼ばれています。


7月以降の様子


お米の事について詳しく書いているHPが沢山あるぞ!!

「くぼたのたんぼ」               http://www.tanbo-kubota.co.jp/index.html
お米が出来るまで 大潟村教育委員会   http://www.ogata.or.jp/ac/kome/kome.htm
お米が出来るまで 雪国農家・小杉農場  http://www2s.biglobe.ne.jp/~k-farm/tukurikata.htm
お米の出来るまで ヤマタネ株式会社   http://www.yamatane.co.jp/kome/hanashi.html
お米が出来るまで みのり農園       http://www.hoops.livedoor.com/~ishizawa_h/kome/kome2.html
米(マイ) ライフ  全農のホームページ  http://www.zennoh.or.jp/ZENNOH/FOODS/kome/index.html
98年お米が出来るまで            http://www.netlaputa.ne.jp/~hassy/00kome.htm


ホームに戻る

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送